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2011-07-21 (Thu)
ご無沙汰しておりました。


6月29日午前1:58、最愛の父方の祖父が急逝しました。
男の子しかできなかった祖父は、待望の女の子で初孫の私を、
産声を上げた時から、30半ばを過ぎた今でもすごくすごく可愛がってくれました。


今年に入ってから、2ヶ月おきの祖父の通院に母と付き添っていました。
掛かっていたのは整形外科と内科。
それぞれ違う病院です。
「子供や孫に迷惑はかけたくない。一人でできることはする」と、
昨年までは祖父一人で通院していたのですが、昨年末に通院先の病院で貧血を起こし、
それからは祖父の要望で母と私が付き添うことになりました。

6月27日、内科へ付き添っていました。
前回通院の際に受けた血液検査で、ほんの少し気になる数値があるとのことで、
薬を増やし、その効果をみるために今回も血液検査をすることになっていました。
前回注意分は特に問題なかったのですが、その検査で肺炎の疑いが出ました。
肺炎と言っても重度ではなく、お医者様曰く「いつもより少ししんどいかな」くらいの
初期の状態だったので、念のために様子見で入院することになったんです。
1週間くらい入院したら元気に退院できるだろうと思ってました。
祖父も自分でご飯食べていましたし。


翌28日、昨年亡くなった祖母の月命日法要で実家に集まっている時、担当医から電話が。
現在の状態と今後の治療を説明したいとのこと。
法要後に祖父のお見舞いに行く予定でしたが、予定より早めに皆で実家を出ました。

---担当医見解---
意識もはっきりしてるし熱は下がってきたけど、痰は変わらずひどい状態。
自分で痰を出しにくそうだったから、吸い取ったら少し食べ物が混じっていた。
誤嚥の疑いがある。
リハビリの結果、誤嚥が確定したら、普通に食事を摂ってもらうことができなくなる。
その場合、胃瘻(いろう:鼻から胃に管を通して水分・栄養を流入させる)という
処置が必要になる。
ここは一応は救急病院になるので、誤嚥確定後長くても2週間くらいしか預かれない。
胃瘻ができる病院はなかなかないし、紹介状があっても受け入れてもらえるかわからない。
(患者にとって胃瘻は本当に辛いもので、管を嫌がり、無意識に管を抜いてしまう
患者が殆どだそう。そのたびに鼻から管を通すのは大変らしいです)
病院が見つからないと、家での看護になり、家の者が管から栄養や水分を入れる事になる。
栄養を摂るだけなら点滴でも・・・と思われるかもしれないけど、それも難しい。
何故なら、心臓の持病があるから。
点滴を摂り続けることは、かなり心臓に負担がかかる。
そして、胃瘻してるから肺炎から逃れられるというわけでもない。
人間には唾があり、これはどうすることもできない。
唾を誤嚥することで、肺炎になる可能性もある。
心臓が弱るのが先か、肺炎が進むのが先か、綱渡りのような治療の仕方になると
思ってください。
今のところ、すぐにどうこうなるということではないけど、今後の事があるので、
こちらも病院を探しますが、ご家族でも動いてください。

-----


肺炎が治り、誤嚥の可能性もなくなり、今まで通り生活できるのが一番の願い。
でも、その可能性は殆どないらしい。
受け入れてくれる病院があったとしても、先に光が見えないのに、ただ生かされるだけ。
鼻から管を通して辛そうな祖父を見るのは辛いけど、
それでも生きていてくれるなら、会いに行って話もできる。
死の宣告をされたみたいで辛かった。

担当医の説明後、祖父に会いに行くと、前日とは違い、目に見えるくらい悪化していました。
ほんの1日前まで普通に家で生活していたとは思えないくらい弱っていました。
意識ははっきりしていたけど、喉の奥から振り絞るように微かな声で喋っていました。
「また来るね」
「おう!」
喋るのも辛そうだったので、短時間で病室をあとにしました。

夕方、母から19時頃にもう一度様子を見に行くと連絡があり、私も一緒に行くことに。
前日の祖父の入院手続きやらで動き回り、暑さにも参って私も体調が悪く、
15時頃に帰宅してからはずっと横になっていたのですが、
この日の祖父の状態を見て、体調が悪かろうが無理してでも会いに行こう。
そう思ったのです。


19時過ぎ、母・妹と一緒に祖父に会いに行くと弟家族が来ていました。
仕事が忙しく19時なんて時間にはほぼ帰れない弟なのに、その日に限って早く帰れたとか。
意識は相変わらずはっきりしてたけど、やっと呼吸ができてるような状態。
昼に見た時よりも更にしんどそうな祖父を見るのはすごく辛かった。
息切れしながらも、ひ孫(私の弟の娘)にニコニコと「じいじよ~」と話しかけていました。
1歳になったばかりの姪っ子も「じいじ、じいじ」とキャッキャしていました。
20分ほどの短い時間でしたが、母、妹、私、弟家族で祖父を囲んで話しました。
私達、孫・ひ孫を見て「せっかく来てくれたから小遣いやらんとな^^」と、
自分がしんどい時に私達を気にかける祖父を見て、泣きそうになるのを必死で堪えました。
なんで?なんで?自分がしんどい時に私達を気にかけないでよ。
お小遣いなんて貰わなくても何度でも会いに来るよ。
だから、少しずつでも元気になってください。

「暗くなってきたからもう帰れ」
「じゃあ、おじいちゃん、また来るからね」
「おう。気をつけてな」

昨日まで普通の生活をしていたのに、時間が経つにつれどんどん弱って行く祖父。
祖父にはもう時間がないんじゃないか・・・暗い気持ちで病院を後にしました。


日付が変わり、29日午前1:40頃、自宅の電話が鳴りました。
嫌な予感を押さえつつ電話に出ると実家の母からでした。
「今病院から電話があった。おじいちゃん、危ないって・・・」
その時、雛に寝る前の挿し餌中だったので、慌てて済ませて病院へ向かいました。

先に着いていた両親と妹が、病室前の廊下にいました。
「おじいちゃん、さっき亡くなったって。私達も間に合わなかった。
今、看護士さん達にキレイにしてもらってるから・・・」

え?何て?今、何て言った?・・・
何を言われたのか一瞬理解できませんでした。
心不全付随の誤嚥性肺炎。
入院してから約36時間後の死でした。


エンゼルケアが終わるのを廊下で待っていると、数時間前の祖父を思い出しました。
「また来るね」「おう」それが最期の会話になりました。
なんで・・・なんで・・・
突然、堰を切ったように涙があふれてきました。
真夜中だったけど、泣くのを止められませんでした。
母に抱きしめられたけど、涙は止まりませんでした。

エンゼルケアが終わったので、祖父に会いに行きました。
安らかで穏やかな死に顔でした。
ただ眠っているだけのような、今にも寝息が聞こえてきそうな・・・。
目を覚まし「なんや、来てたんか。おじいちゃん寝てたわ」そう喋りそうな・・・。
苦しい最期じゃなかったんだ。眠るように逝ったんだ。
少しだけ救われる思いがしました。
黙ったまま、祖父の手を握ったり、顔や頭をなぜたりしながら、
心の中で何度も「おじいちゃんありがとう」と話しかけました。
少しでも口を開くと、また泣きだしそうだったから。
葬儀社の車が迎えに来るまで、親戚がかわるがわる祖父に会いに来たけど、
私と妹は祖父の傍を離れられませんでした。


お通夜まで一晩あいたけど、祖父が寂しくないように、母と妹が泊まりこんでくれました。
30日午後、枕経、湯灌の儀、納棺の儀を済ませ、お通夜も無事に終わり、
その日は私も母と妹と一緒に葬儀社に泊まりました。
何度も祖父の顔を見に行きましたが、眠っているだけのよう・・・
亡くなったことが全然信じられない。
現実が目の前にあるというのに、受け入れられない自分がいました。


7月1日、告別式終盤の献花の時、ずっと堪えていたのに、とうとう堪え切れなくなり、
人目も憚らず号泣してしまいました。
母に抱きついて「また来るねって言ったのに、なんで、なんで」
そう言って泣き叫んでいたそうです。


本当に急なことで、誰も予想もしてませんでした。
急に祖父を失い、ショックで何もする気になれませんでした。
お通夜もお葬式も終わり、号泣して見送ったのに、未だに信じられずにいます。
年々弱ってはいましたが、寝たきりでもなく、入院するまで普通に生活していたので、
より実感がないんだと思います。
祖父の家に行くと、いつもどおり「来たんか^^」とニコニコ笑ってそうな気がします。
だから、祖父の家の、祖父がいつも座っていた椅子に祖父が居ないのを見ると、
現実を突き付けられたようで辛い。

亡くなって10日ほどは泣き暮らしていました。
今は泣くことは減ってきましたが、不意に、小さい頃の祖父との記憶を思い出すと、
悲しくて辛くなります。


祖父との思い出は書ききれないほどあります。
その沢山の記憶の真ん中にあるのは、私達孫に向けるニコニコの笑顔。
本当に本当に可愛がってもらいました。
私は祖父に何かしてあげられたのかな。
「ありがとう」の一言も言えないままにお別れしてしまいました。
もう一度だけ会いたい。


お葬式の後、「これ、おじいちゃんから渡すように頼まれたから」と、
母からお小遣いを渡されました。
子供の頃、私と弟妹は毎月祖父母からお小遣いをもらっていました。
両親からは貰ったことがありません。
「おじいちゃん、孫にお小遣いあげるの本当に楽しみにしてたから」
おじいちゃんからの最期のお小遣い、一生使わず大事にしようと思います。


祖父が亡くなり、今は1週間ごとの法要をしています。
7週目に四十九日を迎えます。
一昨日、三七日(みなのか)が終わりました。
少し前に比べると、ちょっとは落ち着いたような気がします。
ふとした日常の中に祖父との記憶が重なると、突然泣いたりはするんですが。
亡くなった後も心配させてばかりでダメダメだ・・・。
でも、お友達に「ゆっくりでいいから今は心のままに」そう言われて、
少し心が軽くなりました。
祖父に心配かけないためにも、少しずつでも元気にならなきゃ。
とは言え、まだカラ元気なんですが^^;
四十九日には、しっかりと祖父を見送ることができますように。


久々更新なのに、暗くて長文な記事なってスミマセン。
書くことで自分の気持ちの置き場を作りたかったのです。

次は大好きな鳥の話題を^^



おじいちゃん、ありがとう。
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