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2011-12-31 (Sat)
今年もいよいよあと1時間となりました。
昨日まで「大掃除が、大掃除が」と、あがいていましたが、
昨夜、日付が変わると共に、キレイさっぱり諦めがついたぷっちぃです
間に合わないものはしょうがない。
エンジンかかると寝る間も惜しんで没頭するんですが、
エンジンかかるまで時間かかるんですよね^^;
しかも、燃費悪いので集中力がもちません(笑)
「ここは大掃除でしなくてOK、見なかったことにしよう」なところも、
一度気になるとやらなきゃ気が済まないので、脱線して時間オーバー><
要領が悪いと言うかなんというか・・・
「ここだけは!」って所は終わったし、人間諦めが肝心な時もあるよね
うんうん^^


今日は朝から、母の買い物の手伝いをしました。
午後からは、正月食材の買い出しに大阪へ。
久々に大阪に買い物に行きましたが、大晦日だし、すごい人でした~!
少しセールもやってて、ショートブーツ買ってもらいました
P1110459.jpg
妹は、母と色チでダウンコート買ってもらってました。
ママ、ありがとー


今、紅白見ながらブログ書いてます。
さっき不覚にもAKBとマルモリとディズニーのところで涙が出ました
年々、涙腺が弱くなってる気がします



今年は忘れられない年になりました。
3.11東日本大震災、原発事故、火山噴火、台風、独裁者の死亡、
ヘンな事件も多く、次から次に色んなことが起こりました。
3.11があまりにもショックで、それ以前のことをよく思い出せません。

私事でも、最愛の祖父の死、母の入院、秋以降は私自身も体調不良が続きました。
特に、祖父の死には自分が思ってる以上にショックを受け、
気持ちが内に籠り、全てを悪い方へ考え、精神的におかしくなった時もあります。

「今年は夏以降あまりいいことなかったな・・・」
ジェミーさんと、メールの中でそんな会話をしてたら、
「色々大変だったかもしれないけど、まずはご家族元気だし、
ライブで締めくくれるし、良いこともいっぱいだったじゃない!」
と言われて、ハッと目が覚めました。
人間、悪いことの方が印象に残るけど、悪いことばかりじゃない。
良いこともいっぱいあった
一つ良かったことを思い出すと、芋づる式に良かったことを思い出せました。
あれもこれも楽しかったな
自分の気持ちの持ち方次第で、正も負も引き寄せる。
3.11が起こった時、小さなことにも感謝の気持ちを持てたのに、
ダメだな・・・私
体調不良が続いたけど、大きな病気ではなかった。
退院後も調子がいまいちだった母も、仕事行けるくらい回復した。
ダンナも元気だし、姪っ子も可愛い。
鳥達も毎日元気でいてくれる。
愛する氷室さんのライブに沢山行けた。
気付かせてくれたジェミー姐さん、ありがとー



つらい別れもいくつかあって、その度に凹んで、
自分の無力さを痛感しました。

「ダメかもしれない」と思った仔が回復し、
命の強さやたくましさを感じたこともありました。
自分のやり方は合ってたんだと、少しだけ自信を持てたこともありました。

愛しい命を通じて、沢山の良い出会いもありました。
我が家の鳥も私も、里親様方にはとても恵まれたと思います。

出会いが出会いを呼び、鳥の輪も広がりました。
何かあった時、違う角度から諭してくれるお友達がいて、
亡くなった仔に花を手向けてくれるお友達がいて、
私って幸せ者だな~
皆さま、本当にありがとう・・・


そして、気まぐれ更新の拙いブログではありますが、
読んで下さってる皆さま、
コメント残してくれる皆さま、
ポチッと応援して下さる皆さま、
ありがとうございました!


来年はどんな年になるかな?
きっと鳥達は可愛くて、命が愛しくて・・・
素敵すぎる氷室さんにキャーキャー言ってると思います。
また凹むこともあるかもしれません。
だけど、感謝の気持ちを忘れず、前を向いていたいと思います。



では最後に、鳥達を代表してみなもから挨拶があるそうです^^
P1110455.jpg
上手にできたね~


P1110309.jpg

そうだね、仲良くしてもらえるといいね^^
って、キミ誰???

・・・・・詳細はまた今度(笑)



皆さま、どうぞ良い年をお迎えください。
来年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m




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いつも有難うございます^^
| ご挨拶 | COM(2) |
2011-07-21 (Thu)
ご無沙汰しておりました。


6月29日午前1:58、最愛の父方の祖父が急逝しました。
男の子しかできなかった祖父は、待望の女の子で初孫の私を、
産声を上げた時から、30半ばを過ぎた今でもすごくすごく可愛がってくれました。


今年に入ってから、2ヶ月おきの祖父の通院に母と付き添っていました。
掛かっていたのは整形外科と内科。
それぞれ違う病院です。
「子供や孫に迷惑はかけたくない。一人でできることはする」と、
昨年までは祖父一人で通院していたのですが、昨年末に通院先の病院で貧血を起こし、
それからは祖父の要望で母と私が付き添うことになりました。

6月27日、内科へ付き添っていました。
前回通院の際に受けた血液検査で、ほんの少し気になる数値があるとのことで、
薬を増やし、その効果をみるために今回も血液検査をすることになっていました。
前回注意分は特に問題なかったのですが、その検査で肺炎の疑いが出ました。
肺炎と言っても重度ではなく、お医者様曰く「いつもより少ししんどいかな」くらいの
初期の状態だったので、念のために様子見で入院することになったんです。
1週間くらい入院したら元気に退院できるだろうと思ってました。
祖父も自分でご飯食べていましたし。


翌28日、昨年亡くなった祖母の月命日法要で実家に集まっている時、担当医から電話が。
現在の状態と今後の治療を説明したいとのこと。
法要後に祖父のお見舞いに行く予定でしたが、予定より早めに皆で実家を出ました。

---担当医見解---
意識もはっきりしてるし熱は下がってきたけど、痰は変わらずひどい状態。
自分で痰を出しにくそうだったから、吸い取ったら少し食べ物が混じっていた。
誤嚥の疑いがある。
リハビリの結果、誤嚥が確定したら、普通に食事を摂ってもらうことができなくなる。
その場合、胃瘻(いろう:鼻から胃に管を通して水分・栄養を流入させる)という
処置が必要になる。
ここは一応は救急病院になるので、誤嚥確定後長くても2週間くらいしか預かれない。
胃瘻ができる病院はなかなかないし、紹介状があっても受け入れてもらえるかわからない。
(患者にとって胃瘻は本当に辛いもので、管を嫌がり、無意識に管を抜いてしまう
患者が殆どだそう。そのたびに鼻から管を通すのは大変らしいです)
病院が見つからないと、家での看護になり、家の者が管から栄養や水分を入れる事になる。
栄養を摂るだけなら点滴でも・・・と思われるかもしれないけど、それも難しい。
何故なら、心臓の持病があるから。
点滴を摂り続けることは、かなり心臓に負担がかかる。
そして、胃瘻してるから肺炎から逃れられるというわけでもない。
人間には唾があり、これはどうすることもできない。
唾を誤嚥することで、肺炎になる可能性もある。
心臓が弱るのが先か、肺炎が進むのが先か、綱渡りのような治療の仕方になると
思ってください。
今のところ、すぐにどうこうなるということではないけど、今後の事があるので、
こちらも病院を探しますが、ご家族でも動いてください。

-----


肺炎が治り、誤嚥の可能性もなくなり、今まで通り生活できるのが一番の願い。
でも、その可能性は殆どないらしい。
受け入れてくれる病院があったとしても、先に光が見えないのに、ただ生かされるだけ。
鼻から管を通して辛そうな祖父を見るのは辛いけど、
それでも生きていてくれるなら、会いに行って話もできる。
死の宣告をされたみたいで辛かった。

担当医の説明後、祖父に会いに行くと、前日とは違い、目に見えるくらい悪化していました。
ほんの1日前まで普通に家で生活していたとは思えないくらい弱っていました。
意識ははっきりしていたけど、喉の奥から振り絞るように微かな声で喋っていました。
「また来るね」
「おう!」
喋るのも辛そうだったので、短時間で病室をあとにしました。

夕方、母から19時頃にもう一度様子を見に行くと連絡があり、私も一緒に行くことに。
前日の祖父の入院手続きやらで動き回り、暑さにも参って私も体調が悪く、
15時頃に帰宅してからはずっと横になっていたのですが、
この日の祖父の状態を見て、体調が悪かろうが無理してでも会いに行こう。
そう思ったのです。


19時過ぎ、母・妹と一緒に祖父に会いに行くと弟家族が来ていました。
仕事が忙しく19時なんて時間にはほぼ帰れない弟なのに、その日に限って早く帰れたとか。
意識は相変わらずはっきりしてたけど、やっと呼吸ができてるような状態。
昼に見た時よりも更にしんどそうな祖父を見るのはすごく辛かった。
息切れしながらも、ひ孫(私の弟の娘)にニコニコと「じいじよ~」と話しかけていました。
1歳になったばかりの姪っ子も「じいじ、じいじ」とキャッキャしていました。
20分ほどの短い時間でしたが、母、妹、私、弟家族で祖父を囲んで話しました。
私達、孫・ひ孫を見て「せっかく来てくれたから小遣いやらんとな^^」と、
自分がしんどい時に私達を気にかける祖父を見て、泣きそうになるのを必死で堪えました。
なんで?なんで?自分がしんどい時に私達を気にかけないでよ。
お小遣いなんて貰わなくても何度でも会いに来るよ。
だから、少しずつでも元気になってください。

「暗くなってきたからもう帰れ」
「じゃあ、おじいちゃん、また来るからね」
「おう。気をつけてな」

昨日まで普通の生活をしていたのに、時間が経つにつれどんどん弱って行く祖父。
祖父にはもう時間がないんじゃないか・・・暗い気持ちで病院を後にしました。


日付が変わり、29日午前1:40頃、自宅の電話が鳴りました。
嫌な予感を押さえつつ電話に出ると実家の母からでした。
「今病院から電話があった。おじいちゃん、危ないって・・・」
その時、雛に寝る前の挿し餌中だったので、慌てて済ませて病院へ向かいました。

先に着いていた両親と妹が、病室前の廊下にいました。
「おじいちゃん、さっき亡くなったって。私達も間に合わなかった。
今、看護士さん達にキレイにしてもらってるから・・・」

え?何て?今、何て言った?・・・
何を言われたのか一瞬理解できませんでした。
心不全付随の誤嚥性肺炎。
入院してから約36時間後の死でした。


エンゼルケアが終わるのを廊下で待っていると、数時間前の祖父を思い出しました。
「また来るね」「おう」それが最期の会話になりました。
なんで・・・なんで・・・
突然、堰を切ったように涙があふれてきました。
真夜中だったけど、泣くのを止められませんでした。
母に抱きしめられたけど、涙は止まりませんでした。

エンゼルケアが終わったので、祖父に会いに行きました。
安らかで穏やかな死に顔でした。
ただ眠っているだけのような、今にも寝息が聞こえてきそうな・・・。
目を覚まし「なんや、来てたんか。おじいちゃん寝てたわ」そう喋りそうな・・・。
苦しい最期じゃなかったんだ。眠るように逝ったんだ。
少しだけ救われる思いがしました。
黙ったまま、祖父の手を握ったり、顔や頭をなぜたりしながら、
心の中で何度も「おじいちゃんありがとう」と話しかけました。
少しでも口を開くと、また泣きだしそうだったから。
葬儀社の車が迎えに来るまで、親戚がかわるがわる祖父に会いに来たけど、
私と妹は祖父の傍を離れられませんでした。


お通夜まで一晩あいたけど、祖父が寂しくないように、母と妹が泊まりこんでくれました。
30日午後、枕経、湯灌の儀、納棺の儀を済ませ、お通夜も無事に終わり、
その日は私も母と妹と一緒に葬儀社に泊まりました。
何度も祖父の顔を見に行きましたが、眠っているだけのよう・・・
亡くなったことが全然信じられない。
現実が目の前にあるというのに、受け入れられない自分がいました。


7月1日、告別式終盤の献花の時、ずっと堪えていたのに、とうとう堪え切れなくなり、
人目も憚らず号泣してしまいました。
母に抱きついて「また来るねって言ったのに、なんで、なんで」
そう言って泣き叫んでいたそうです。


本当に急なことで、誰も予想もしてませんでした。
急に祖父を失い、ショックで何もする気になれませんでした。
お通夜もお葬式も終わり、号泣して見送ったのに、未だに信じられずにいます。
年々弱ってはいましたが、寝たきりでもなく、入院するまで普通に生活していたので、
より実感がないんだと思います。
祖父の家に行くと、いつもどおり「来たんか^^」とニコニコ笑ってそうな気がします。
だから、祖父の家の、祖父がいつも座っていた椅子に祖父が居ないのを見ると、
現実を突き付けられたようで辛い。

亡くなって10日ほどは泣き暮らしていました。
今は泣くことは減ってきましたが、不意に、小さい頃の祖父との記憶を思い出すと、
悲しくて辛くなります。


祖父との思い出は書ききれないほどあります。
その沢山の記憶の真ん中にあるのは、私達孫に向けるニコニコの笑顔。
本当に本当に可愛がってもらいました。
私は祖父に何かしてあげられたのかな。
「ありがとう」の一言も言えないままにお別れしてしまいました。
もう一度だけ会いたい。


お葬式の後、「これ、おじいちゃんから渡すように頼まれたから」と、
母からお小遣いを渡されました。
子供の頃、私と弟妹は毎月祖父母からお小遣いをもらっていました。
両親からは貰ったことがありません。
「おじいちゃん、孫にお小遣いあげるの本当に楽しみにしてたから」
おじいちゃんからの最期のお小遣い、一生使わず大事にしようと思います。


祖父が亡くなり、今は1週間ごとの法要をしています。
7週目に四十九日を迎えます。
一昨日、三七日(みなのか)が終わりました。
少し前に比べると、ちょっとは落ち着いたような気がします。
ふとした日常の中に祖父との記憶が重なると、突然泣いたりはするんですが。
亡くなった後も心配させてばかりでダメダメだ・・・。
でも、お友達に「ゆっくりでいいから今は心のままに」そう言われて、
少し心が軽くなりました。
祖父に心配かけないためにも、少しずつでも元気にならなきゃ。
とは言え、まだカラ元気なんですが^^;
四十九日には、しっかりと祖父を見送ることができますように。


久々更新なのに、暗くて長文な記事なってスミマセン。
書くことで自分の気持ちの置き場を作りたかったのです。

次は大好きな鳥の話題を^^



おじいちゃん、ありがとう。
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| ご挨拶 | COM(0) |
2011-06-07 (Tue)
お久しぶりです。
更新できなくてごめんなさい。
せっかくいただいたコメントにお返事できなくて申し訳ないです。
そして、更新ストップしてる間も見に来て下さり有難うございました。
感謝しております。



東日本大震災により亡くなった方々のご冥福を心からお祈りいたしますとともに、
被災された皆さまが1日も早く穏やかな生活を取り戻せますよう切に願っています。


未曾有の東日本大震災から3ヶ月が経とうとしています。
ずっと沈んだ気持ちで過ごしていました。


3.11、私は自宅で揺れを感じました。
ここ近畿でも船の上にいるかのようなグワンとした横揺れ。
めまい?気のせい?
カレンダーとカーテンの裾が揺れてるのを見て、慌てて鳥コーナーへ。
すぐ治まると思ったけど、予想に反して揺れは強くなり、揺れ幅が大きくなっていきました。
「ついに南海地震か?」と急いでベランダと玄関を開け、ガスの元栓を確認。
その後すぐにケージの乗ってるラックを押さえたけど鳥達は無反応でした。
ゆったりとした横揺れは大丈夫みたい・・・
長い時間揺れていたけど、パニくったり、怪我した仔は誰もいませんでした。

次から次に映し出される衝撃的な映像にショックを受けました。
町を襲う大津波。
津波で流されてるたくさんの家や車。
助けを求めているかのように車のライトが点灯したり、クラクションが鳴ったり。
車内に人影らしきものも見えました。
ごめんなさい。助けてあげられない。
自然と涙が溢れていました。なんかすごく悔しくて悔しくて。
自然の脅威の前では、人間ってなんて無力なんだろう・・・
本当に同じ日本で起こった事なんだろうか・・・
辛くて苦しくて怖いのに、目を離せずにいました。


その日から体調・精神ともにおかしくなりました。
いつもの自分じゃなかったと思います。

震災後から夜寝れなくなりました。
震災のショック、頭から離れない衝撃的な映像。
様々な不安感や恐怖心。
被災地の状況と、自分の実生活とのギャップに混乱し、
自分だけ普通に生活してることにひどい罪悪感を感じることも。
そういったものに押しつぶされそうになり、泣いて夜を明かしていました。
徐々に体内時計が狂っていきました。
「地震酔い」にも悩まされ、震災直後から体がずっと揺れている感覚が治まらず、
まっすぐに立っていられないし歩けない。
めまい、頭痛、吐き気、ひどい倦怠感、気力低下、元気消失。
感情の起伏も激しく、何もする気になれない。
自分だけ楽しいことはできない。好きなことはできないという思い込み。
そんな状態が1ヶ月半ほど続きました。


私は阪神淡路大震災で被災したので、地震の怖さは少しは知っているつもりです。
地震の少し前に目が覚めたので、揺れてる間のことは今でもよく覚えています。
私が経験したのは直下型の震度5強。
数秒の揺れでしたが、それで都市が壊滅しました。
死ぬかと思ったあの恐怖、自分で思っている以上に体や心が覚えているようで、
少しの揺れにも敏感で、手足が震えて動悸が激しくなってしまいます。
3月の大地震が起こった時、それがトリガーとなり、恐れていた東海・東南海・南海地震が連動するんじゃないかと不安で仕方なかった。
想定されてるM8.4の南海地震が起きれば、私の住んでる所は震度5強の揺れになり、
2~3m程の津波が予測されています。
海が近いので、浸水は免れないでしょう。
予想の震源地からは離れてるので、津波到達に約2時間かかると言われてますが、
今回の大震災と津波の状況を見ると、予想Mも到達時間も全くアテになりません。
阪神淡路大震災の時は学生で実家で暮らしてたし、両親にまだまだ守られていた。
結婚して独立し守るものが増えた今、両親のように私は大事なものを守れるのか・・・

少しでも情報を得るためにネットを徘徊し、地震予測、予知、前兆、体感、預言・・・など、 様々なHPやブログを必死に読み漁りました。
今なら疑問に思うこともありますが、その時は書かれていること全てを鵜呑み。
特に預言って、怖いことしか書いてないんですよ
だから預言なのかもしれませんが
大災害、日本滅亡、世界終焉、挙句の果ての人工地震説まで・・・
今考えると恥ずかしい話ですが、それらに怯え精神的にまいってしまいました。



でもある時、何に怯えているのだろう・・・と考えてみました。
地震も津波も、自分が死ぬことも怖い。
だけど、それより「大事な家族(もちろん鳥達含む)を失うこと」が怖くて仕方なかった。
何の前触れもなく突然に大事な家族を奪われる。
それが大震災で実際に起こってしまった。
その恐怖を目の前に突き付けられた気がしました。
それからは、常に「今地震が来たら」「留守中に地震が起こったら」と考えてました。
災害だけじゃなく、原発のせいで家族同然のペットを置き去りにしないといけない状態を見聞きし、福島と同じ事が関西でも起こったら・・・と考えると、
鳥達を置き去りにする状況になることに異様な恐怖を感じていました。
そう考えると怖くて怖くて、家に籠ることが多くなっていました。
特に鳥達が心配で・・・今出掛けたら、もう二度と会えなくなるんじゃないかと思うと、
近くのスーパーへ行くのさえ足が踏み出せないほどでした。


3.11震災直後、避難された年配女性にインタビューしてるのをテレビで見ました。
その方は職場に居たので助かったけど、家にいた家族は土砂崩れに遭い、
まだ行方がわからないと答えていた。
「何を願いますか?」というインタビュアーのKY質問に、
それまで冷静に答えていた女性は「家族が無事に見つかって欲しい。
でないと私一人ぼっちになっちゃう」と泣き崩れてしまいました。
それを見た時は、その気持ちがわかりませんでした。
家族の無事を願ってるのは、自分が一人になりたくないから?自分のため?
純粋に家族の無事を願えないの?と少し憤りを感じてしまいました。
でも今はその気持ちが少しはわかる気がします。
人は一人では生きていけない。
家族がいるから、大事な人がいるから、守りたいものがあるから、
必死に生きようとするし生きていける。
わかってるようでわかっていなかった。
父、母、弟、義妹、姪、妹、旦那、鳥達、それら全てを失い、私独りだけが残されたら・・・ そんな世界は耐えられない。私は死を選ぶかもしれない。
自分の死よりも、大事な人達の死の方が格段に怖い。一人残される方が怖い。
真剣にそんなことを考えていました。
あの女性も、きっと家族の無事を強く強く願っていたはず。
家族あっての自分だろうから。




東北の方は本当に強くて優しい。
言葉にできないほどの辛さや苦しみや悲しみを背負いながらも、
「立ち止まっていては何を始まらない」と、強く答えておられました。
被災した女子中学生が「私から笑顔を広げていければ、きっと周りも笑顔になる」、
そう言ってカメラに向かって明るい笑顔を向けていました。
どんな気持ちでそう言っていたのか考えると、
被災したわけでもない私がこんな状態でいるのが申し訳なく思えてきました。


大震災を通じ、日本国民の秩序の正しさ、忍耐強さ、優しさなどが世界で称賛されています。その中にいると殆ど自覚はありませんが、本当に素晴らしい国民性です。
他の国にはあまり好かれていないと思ってたけど、手を差し出してくれる国が沢山あった。
同じように心を痛めてくれる人が世界中に沢山いた。
日本政府は3流どころか下流だけど、日本国民は1流。
日本人であることを誇りに思います。



体調・精神不良が続いた私ですが、今はもう大丈夫です^^
今も怖さが完全に消えたわけじゃないです。
でも、色々読んでいたサイトのうち、自分が納得できるものに絞って、
予測や体感のブログを3つくらい参考程度に読んでいるんですが、
特に予測のブログは冷静すぎて、私も少しずつ冷静になることができました。


そして情けない話ですが、被災された方の声に間接的ではありますが元気をもらいました。
外出することに抵抗がありましたが、無理にでも外に出て人と接して前向きになれました。
沈んだ私を心配して、美味しいものを届けてくれたDiggyさん有難う
夜中に時間あるからと電話してくれた長月さん有難う
やっぱり人は一人では生きていけないですね。


「鳥が心配や~」とつぶやいてた私に、母や妹は呆れていました。
人命も大事ですが鳥達も大切なんです!
もし、もしもですが、地震や津波であったり、原発であったりで、
鳥を置き去りにして逃げないといけなくなったら・・・
私は何があっても家に閉じ籠って、最期の時まで鳥と過ごすぞ。
鳥達と最期まで居れるなら、この命惜しくない!
そう思うと、何かラクになりました。
旦那にその話をすると「もちろんオレもそのつもりや!」そう言って笑ってました。
2人だったら心強い!
でも・・・「餌が無くなった時困るから、●○ちゃん(旦那)は避難して、
餌が無くなったら買ってきて届けて~」とすかさず言った私に旦那は呆れてました(笑)


帰る家があり、三度の食事をし、お風呂に入り、温かい布団で眠る。
大事な家族が帰ってくる、友達と会う・・・
ずっと当たり前だと思ってたけど、本当は当たり前じゃなくて幸せなんだと気付きました。
今ある幸せに感謝していこうと思います。


つぶやきやmixiで毒吐いてたんですが、こんなダメダメ状態でした(笑)



そして、元気が出てきた頃に、愛する氷室さんの復興支援ライブ決定!!!
体の揺れもピタリ治まり、一気に浮上しました^^;
なんて私って単純^^;
今週末は東京上陸です!!!
私にできる支援ってチョコチョコと募金するくらいですが、
それでも役に立てるのであれば長期的に続けていくつもりです。


次は鳥の話題を^^
やっと書ける気持ちになりました。




ご心配下さり有難うございます。これからもよろしくお願いします!
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| ご挨拶 | COM(2) |
2011-01-07 (Fri)
年が明け、気付くとアッと言う間に三が日が終わり、もう7日^^;
新年の挨拶が遅くなりましたが・・・
今年もよろしくお願いしますm(_ _)m


楽しいお正月を過ごせましたか?
私は、元旦は、朝遅くに起床し、昼過ぎに旦那実家へ挨拶に行った後は、
夕方に弟家族と一緒に私の実家へ。
のんべんだら~りと実家で過ごし、22時頃帰宅しました。
ああ、カニ鍋美味しかったな~
P1070904.jpg


2日は旦那は仕事へ。私は遅めに起床し、昼前に母と妹と夕飯の買い物へ。
夕方に実家へ行き、姉の特権をフル活用して妹をアゴで使い、
何もせずこたつでダラダラ旦那が帰ってから、みんなで晩ご飯。
ああ、ブリしゃぶ、美味しかったな~


3日も旦那は仕事へ。私はやっぱり遅めに起床し、夕方から実家へ。
やっぱりこたつでダラダラ~
旦那が帰ってから、みんなで晩ご飯。
ああ、鉄板焼き、美味しかったな~

・・・食べてばっかじゃん!!!


正月の三が日は実家に 帰省 寄生すると決めているので、
実家でアメーバ状になるくらいダラ~リとしてきました
やっぱり実家はいいわ~お母さん大好き~
3日間ダラケすぎたので、4日からの家事再開が憂鬱でした~



初登場!実家の愛鳥 ホオミドリアカオウロコ♂3歳 『太陽』
P1070913.jpg
3年前の今頃、私のお友達のお家から我が実家の一員に^^
換羽中でツンツンが残ってますが、めちゃくちゃ元気です!
そして、父・母・妹にはベッタベタ馴れちゃんで、爪切り以外なら何しても怒りません。
が、それ以外の人間は 敵! とみなし、襲ってきます
番犬ならぬ番鳥です
私も仲良くしたいのに~~~



大晦日の日記では、最後のあがきとばかりに大掃除を続行するようなことを書いてましたが、
母との買い物から帰ってからは急速にやる気が消え、のんびりとケージ掃除だけしました。
人間、諦めが肝心な時もあるよね
紅白を見ながら、お腹をすかせつつも旦那の帰りを待ち、やっと23時ごろ帰宅した主人と、
年越しそば&お寿司を食べ終えた頃に年が明けました。
いつもなら年が明けたと同時に初詣に出掛けるのですが、昨年祖母を亡くしたので、
初詣は遠慮し、家で旦那とカウントダウンTVを見ながら過ごしました。


それにしても、年々「お正月」って感じがしない気がします
お正月特番もやってるし、両実家に挨拶に行ったりしてるのに、何だかピンとこない。
実家寄生で、我が家で新年の準備らしいことをしないから?
今年は初詣は遠慮してるので、より「お正月」って感じが薄いです。
でも、年が明けて時間も経ってない時に、2010年のことを「昨年」と言ってることが不思議。
頭の中ではちゃんと切り替えができてるんですよね^^;
う~ん、不思議。


昨年は、家のことや鳥のことや色々なことで自分の至らなさを痛感しました。
ふがいない自分に腹が立ったり・・・凹んだり・・・
元々が悩みこむタイプではないので、浮上するのは早いのですけどね^^;
って言うより、生来の“面倒くさがり”がこんなところにも出て、
だんだん悩むのが面倒くさくなり、なげやりな感じではなく“何とかなるわ”となります^^; でも、精神的に弱った時、鳥達や家族の存在は有り難いです
情けない飼い主だけど、今年も見捨てないでおくれよ~
今年の暮れになった時、2010年より頑張れたと思える1年にしたいです^^
今年もマイペースな更新になると思いますが、よろしくお付き合いくださいませ~m(__)m
そして、素敵な里親様とのご縁がいただけますように☆

今年も、我が家の鳥軍団&ぷっちぃ ブログ「萌え鳥」を
よろしくお願い致しますm(__)m



 
さてさて、新年初の鳥ネタです!
我が家には、元旦に誕生日を迎えた仔がいます

2009.1.1 生 アキクサインコ・ルビノー 『ジュエル』 愛称:ジュジュ
P1070885.jpg
2年前の1月末、お友達のお家から里子にきてくれました^^
挿し餌で育てた日が懐かしい~
この2年、一度も調子を崩すことなく元気に育ってくれました!
可愛い!本当に可愛い
同じ年に我が家の一員になったお婿さんとの仲も良い感じになってきました
今年はお母さんになれるといいね♪
ジュジュ、2才のお誕生日おめでとう!



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いつもありがとうございます^^
| ご挨拶 | COM(8) |
2010-03-29 (Mon)
初めましてm(_ _)m
鳥さんが大好きで、沢山の鳥さんと暮らしている、ぷっちぃーと申します。
ココログより引っ越してまいりました。
使い慣れてないので戸惑っていますが、以前のブログ同様、よろしくお願いします^^

以前のブログはこちら→『萌え鳥』

我が家の可愛い鳥さん達を見てほしい!と思い、ブログを始めたのですが…
スミマセン^^;見苦しい親ばか&変態ブログです~><
よろしくお付き合いくださいませ~。





| ご挨拶 | COM(0) |
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